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コラム

【専門家に聞く】
城甲 泰亮氏へインタビュー 後編
「こころのタッチング」で
家族の精神的ケアを

城甲 泰亮氏

あいさつや何気ない雑談、会話を楽しみながらの食事。そうした精神的コミュニケーションにつながるふれあいのことを、「こころのタッチング」と呼びます。
そんな「こころのタッチング」は、私たちが想像する以上に「相手の精神的ダメージや負担を軽減し、また良好な人間関係の構築に寄与する」と精神科医の城甲先生はいいます。
後編では、今日からすぐに家庭で実践できるこころのタッチングについて、そのコツや効果を聞きました。

  • 城甲 泰亮氏

    精神科医/医学博士/小諸高原病院診療部長

    「これから発展していく領域に身を置きたい」という考えから医師を志し、中でも今と比べてまだまだ治療法が確立されていなかった精神科を専攻。医師として駆け出しの頃に出会った恩師の影響を受け、特に老年精神医学を深く学んだ。
    一人ひとりと真摯に向き合い、丁寧な傾聴を徹底する診療は、多くの患者さんや医療従事者から支持されている。

話を聞くだけでも、家族のこころのダメージをケアできる

城甲先生は、現在ご家庭でどのようなこころのタッチングを実践されていますか?

私が大切にしているのは、とにかく相手の話をよく聞くことです。その日にどんなできことがあったか、一緒に観ているテレビ番組にどんな感想をもったか。内容の重要度を問わず、どんな話にでもしっかりと耳を傾けるようにしています。
そして、話を聞く際のポイントは、相手の考えを受け入れること。「相手のことを知ろう」というこころ構えで聞くといいと思います。
「こころのタッチング」というと難しく捉えられてしまうかもしれませんが、誰でも実践できる手軽なことなんですよ。


話を聞くことなら、たしかにすぐ実践できそうです。

ぜひ今日からトライしてみてください。そして、短い時間でもいいので、できるだけ毎日話すことをおすすめします。
なぜなら、私たち人、特に小さな子どもや高齢者は、経験した出来事を長く記憶し続けることが難しいから。一方で、出来事自体は忘れてしまっても、その出来事に対して抱いた感情は、ケアをしない限りこころに残ります。うれしい出来事ならいいですが、ネガティブな感情を抱いた場合は、こころにダメージとして蓄積してしまうんです。
そして、ここでいうケアにあたるのが、記憶が残っているうちに誰かに話を聞いてもらい、気持ちをリセットすることです。家族で毎日話す習慣があれば、こころを健やかな状態に保ちやすくなります。


家族それぞれが忙しくて、毎日話すのはなかなか難しいのですが……。

毎日話すことが理想的ではありますが、難しいご家庭もたくさんあるでしょう。忙しい中で無理やり時間をつくろうとすると負担になってしまうので、できる範囲で構いません。まずは、みんなが集まりやすい時間帯(多くの場合は夜)に、少しの間でも家族が同じ空間で一緒に過ごすことから始めるといいですよ。
また、会話は「ながら」でもOKです。家事をしながら、テレビを見ながら、少しでも多く話してください。話を聞くだけでも家族のこころのケアができます。

城甲 泰亮氏

思春期のお子さんとのコミュニケーションでは「否定しないこと」を意識して

思春期を迎えたお子さんへのこころのタッチングは、どのように行えばいいでしょうか?

まず思春期とは、個人の考え方が確立されてくる時期です。そのため親との意見が食い違いやすくなり、衝突することも増えます。
そこでポイントになるのが、よほど間違いがあって正さなければならない場合を除いて、意見を否定しないこと。先ほどお話ししたとおり、相手を理解するためのコミュニケーションであることを忘れずに接してください。
また、お子さんが幼い頃から否定せずに話を聞いてあげることを習慣にしていると、思春期を迎えても話してくれやすいのではないかと思います。


話してもらうためには、話しかけるより聞くことが大事なんですね。

もちろん、親として確認しなければならないことはあると思うので、それは遠慮せずに聞いてください。ただ、過剰な深追いは避けることで、自然と話しやすい関係を構築できるのではないかと思います。

パートナーの“今”を理解することが夫婦円満のカギ

こころのタッチングは、夫婦間の関係づくりにおいても効果的ですか?

もちろんです。長い付き合いの夫婦間でも、ぜひ積極的にこころのタッチングを実践してください。
夫婦の関係は、長い時間の中で少しずつ変化していくものです。でも、日頃からお互いの話をよく聞き、パートナーへの理解をきちんとアップデートしていれば、関係の変化にもちゃんと順応できるはず。結婚した当初から夫婦の雰囲気が変わったとしても、こころのタッチングを続けていれば、ずっと仲良くいられるのではないでしょうか。

城甲 泰亮氏

こころのタッチングは五感のバランスを調整。心身をラクにしてくれる

最後に、これから家族へのこころのタッチングを実践しようとしている読者の方に向けて、メッセージをお願いします。

家庭でこころのタッチングを実践することは、家族間の関係をよくするだけでなく、「五感をバランスよく使えるようになる」というメリットもあります。
近年はメールやSNSが普及し、情報を受け取る際、視覚に頼ることが非常に多いですよね。しかし、視覚ばかりを酷使していると心身が疲れてしまい、うまく情報を処理できなくなることもあるんです。
そんなときは、一つの感覚だけを使うのではなく、聴覚や触覚など複数の感覚を同時に使うことで、情報が処理しやすくなります。例えば家族と対面で会話をしたり、同じ空間で一緒に食事をして味覚や嗅覚を共有したりすると、五感のバランスがとれて負担が軽くなりますよ。


何気ない声かけや会話が、相手の心身にいい影響を与えるんですね。

デジタルツールに頼らない「直接的な人と人とのふれあい」からしか生まれないものは絶対にあると思っています。ぜひその力を信じて、まずは家族間で、そして身近な人たちへとこころのタッチングの幅を広げていってもらえたらと思います。


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