Column
コラム

【専門家に聞く】
堀内 園子氏へインタビュー 前編
医療・介護にタッチングをとり入れ、
患者さんに優しさや安心感を届けよう

堀内 園子氏

「『相手のからだに優しくふれる=タッチング』には、安心感を与えたり、信頼関係を構築したりといった効果を期待でき、医療や介護の現場で実践すると大きなメリットがあります」と話すのは、看護学博士の堀内先生。堀内先生は、看護学生時代からタッチングを積極的に実践しており、たくさんの患者さんの笑顔をつくってきました。
今回はそんな堀内先生に、タッチングの効果や方法などを伺います。前編では、堀内先生ご自身のタッチングの経験や、医療・介護現場での実践方法などを語っていただきました。

  • 堀内 園子氏

    看護学博⼠・看護師/保健師・ケアマネージャー/アロマ&触れるケアプラクティショナー/グループホームせせらぎホーム⻑

    看護師をしていた母の影響を受け、また小・中・高校それぞれの恩師の「これからの時代、女性もスキルを磨いて社会で活躍すべきだ」という言葉がきっかけで、看護師を目指す。
    看護学生時代は小児看護を研究するも、臨床経験を積む中で「完治を目指せる状態ではない中で回復に向けてがんばっている人を支えたい」と感じるようになり、母が立ち上げた記憶力や認知機能に困りごとを抱える人を対象としたグループホームで勤務することに。
    現在も現場で活躍するかたわら、人材育成や啓発活動などにも積極的に取り組む。

時代の変化とともに減少した「ふれあい」を、今こそ取り戻したい

堀内先生がタッチングの重要性に気づいたきっかけを教えてください。

看護学生時代、実習で初めて受け持った患者さんとの出会いがきっかけです。その方は大学教授をされていたのですが、初めての入院で手術の後ということもあり、頭の中がぼんやりしてしまっている状態で、ご自分が入院していることを認識できていませんでした。そのため、「授業をしに大学へ行かねばならない!」といってしばしば病室から出ていこうとされたのです。
当時のわたしはその方に付き添って歩くことしかできなかったのですが、実習指導の先生から「ヘッドマッサージをしてみたら?」と勧められました。いわれるままにやってみると、患者さんが「頭の中の霧が晴れて、よくなっていくような気がします」と話しはじめ、続けて「私は入院しているんですね」といって現在の状況を理解してくれたんです。


そんなに大きな変化があったんですね!

当時の私は「タッチング」という言葉こそ知らなかったものの、ふれることの力、重要性に気づかされました。
それから、看護師になってから終末期の患者さんを受けもったことも大きなきっかけでしたね。なにもできない自分に歯がゆさを感じていましたが、手を握ったら「あなたの優しさが伝わってくるわ」といって泣いてくれたんです。患者さんの最期のときに、私に出会えて、ふれあえてよかったと思ってもらえた……私がタッチングの力を信じる原点は、このときの体験です。

堀内 園子氏

ふれることにハードルがある学生もいる。タッチングの効果を伝える必要性を実感

堀内先生は、後進の指導でもタッチングの大切さを発信されているそうですね。

私が看護経験の中で実感したタッチングの力を、みんなにも伝えたいと思っています。でも、タッチングの重要性を積極的に発信する理由は、私個人の体験からだけではないんです。
看護学生の指導にあたる中で、「怖くて患者さんにさわれない」「万が一痛い思い、不快な思いをさせてしまったらどうしよう」と考える学生さんが少なからずいることに気づきました。人にふれることは、誰でも当たり前にできることではないんですよね。
そこで、ひとりの学生さんの手をとり、患者さんの手にふれるよう促しました。すると、患者さんがその子の手をきゅっと握り返して。その瞬間、学生さんは感動して泣いてしまったんですよ。


その学生さんも「タッチングの力」を実感したのでしょうか。

そうだと思います。一方の患者さんは「私と握手して泣く人なんて、あんたくらいよ」と笑っていましたが(笑)。そして実習を終えると、その学生さんが「先生が手を添えて誘導してくれたことで勇気が出た、経験できてよかった」と伝えにきてくれました。意図していなかったけれど、私が学生さんにふれたことにもいい作用があったのかなと感じましたね。
そんな学生さんの様子を見て、タッチングの重要性を若い世代にも広く伝えていかなければならないと思いました。

現場では「自然と患者さんにふれる機会」を設けてタッチングを習慣に

堀内先生がホーム長を務めるグループホームでは、具体的にどんなタッチングを実践していますか?

前提として、スタッフに「タッチングを実践しましょう」と「指導」という形をとってしまうと、どうしても「方法」にばかり目が向いてしまうと感じています。それでは、せっかくのふれあいが機械的になってしまいやすいんですよね。
そこで私は、「患者さんに自然にふれられる機会」を積極的に設けています。例えば、足浴を行い、マッサージをし、クリームを塗る。足はからだの中でもふれるハードルが高い部位なので、これができるようになると、みんなどんどんさわれるようになりますよ。

堀内 園子氏

ほかにはどんなことをしていますか?

私がアロマの資格をもっていることもあって、アロマオイルを用いたハンドマッサージも行っています。グループホームを訪れる若い子育て世代の方々にもマッサージをしてあげるんですが、みなさん「とても気持ちよくて、自分がひどく疲れていたことに気づいた」とおっしゃいます。


タッチングがきっかけで起こった変化について教えてください。

ふれることで相手にいい変化が起こるのを見たスタッフは、自然とタッチングの効果や影響を理解してくれます。自らツボ押しの勉強をするなど、積極的にアクションを起こしてくれるスタッフもいますよ。
医療現場でタッチングを実践したいときは、このように「機会を設け、見守り、必要な場面で適宜アドバイスをする」ようにすると、効果を十分に引き出し、理解も深まるのはないかと感じています。

まずは「元気になって」の気持ちを込めてふれることから始めてほしい

患者さんへタッチングを実践しようと考えている医療従事者にアドバイスはありますか?

医療現場では、基本的にはなんらかの疾患と闘っているセンシティブな状態の方にふれることになります。そのため、タッチングの前に「ふれてもいい状態か」を必ず確認しましょう。からだとこころの両方がタッチングを望んでいる場合に実践してください。
また、ふれる部位によって、タッチングの作用は異なってきます。併せて生理学的知識も身につけられると、お一人おひとりに合った部位を選択できるようになりますよ。


やみくもにふれるのは控えたほうがいいんですね。

一方で、ふれることへの敷居を最初から高くしないでほしいとも思っています。ふれても問題ない状態の患者さんになら、まずは「元気になってね」という気持ちを手に込めてタッチングするだけでもOKです。
近年の研究では、一日のうちに7分間人にふれられるだけで、幸せホルモンと呼ばれる「オキシトシン」が分泌されることがわかっています。みなさん忙しいとは思いますが、チームで協力して、ぜひ実践してみてほしいですね。


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