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コラム

【専門家に聞く】
城甲 泰亮氏へインタビュー 前編
「こころのタッチング」の積み重ねが、
診療の質を向上する

城甲 泰亮氏

あいさつや会話など、精神的なコミュニケーションにつながるアクションを「こころのタッチング」といいます。精神科医の城甲先生は「こころのタッチングは、相手への理解を深め、信頼関係を構築するためにとても有効な手段」と考え、医療現場で長年実践されているそうです。
今回はそんな城甲先生に、こころのタッチングが私たちの精神や人間関係にもたらす効果を教えてもらいました。前編では、城甲先生が診療でどのように「こころのタッチング」を行っており、またどんな成果が認められているかなどを伺います。

  • 城甲 泰亮氏

    精神科医/医学博士/小諸高原病院診療部長

    「これから発展していく領域に身を置きたい」という考えから医師を志し、中でも今と比べてまだまだ治療法が確立されていなかった精神科を専攻。医師として駆け出しの頃に出会った恩師の影響を受け、特に老年精神医学を深く学んだ。
    一人ひとりと真摯に向き合い、丁寧な傾聴を徹底する診療は、多くの患者さんや医療従事者から支持されている。

「こころのタッチング」を教えてくれたのは地域の方々だった

城甲先生が「こころのタッチング」の重要性に気づいた時期や背景を教えてください。

精神科医として働きはじめて10年ほど経った頃に、とある患者さんに出会ったことがきっかけです。それ以前から患者さんと信頼関係を構築することは大切にしていましたが、こころのタッチングの有効性、そして必要性を確信したのはそのタイミングでしたね。
その患者さんは、治療に対して後ろ向きな方で……。薬を服用するも期待する効果を得られておらず、教科書や先輩方の教えを参考にしながら回復に向けたアドバイスを一生懸命にしても、なかなかよくならない状態が続いていました。
「どうしたものか」と苦悩していたときにふと目に留まったのが、地域の方々のコミュニケーションのあり方だったんです。


「地域の方々のコミュニケーション」ですか?

勤務地が朗らかな田舎だったこともあり、地域のみなさんがいつも気軽に声をかけてくださるんですよ。その度に自分の気持ちが和らぐのを実感して、「私もこうやって患者さんと話してみよう」と思い立ったんです。
そうして、診察室の外でその患者さんに声をかけ、雑談をしてみたんですね。すると、会話の中で治療について認識のずれがあることに気づきました。そこで「もしかすると、私が思っているよりもコミュニケーションをうまくとれていなかったのかもしれない」と思い至り、診療のスタイルを「説明型」から「対話型」に変えていったんです。


効果は得られたのでしょうか?

何気ない会話から患者さんの考え方や大切にしていることを知れて、そこから自然と最適な伴走の方法が見えてきて、診療がみるみるうまくいくようになりましたよ。
この体験をして以降、こころのタッチングは医療現場に欠かせないものだと考えています。

城甲 泰亮氏

小さなことの積み重ねで相手への理解を深め、信頼関係を築く

病院では、具体的にどのようなこころのタッチングを実践されていますか?

診療では、とにかく傾聴に重きをおいています。どんな話もまずは聞いて、受け止める。また、こちらから話すときは、難しい言葉は使わない。これが私の診療のルールです。


こころのタッチングを実践することで、どのような効果を感じていますか?

先の例と同様に治療がうまくいきやすくなりますし、また「医師と患者」という枠組みを超えて、「人と人」としての信頼関係を構築できていると思います。
実際に、こころのタッチングを実践するようになってから、退院した患者さんたちが「元気にやっていますよ」と声をかけに来てくれることが増えました。これは、私のことを医師としてだけではなく、人としても慕ってくれているからだと捉えています。とてもうれしいことですね。

城甲 泰亮氏

こころのタッチングは、今の時代の組織が抱える課題も解決する

こころのタッチングは、城甲先生だけでなく、スタッフのみなさんも取り組まれているんですか?

はい、みんなで意識的に実践しています。こころのタッチングがスタッフの間でも習慣になってから、実は職場の雰囲気がよくなったんです。


それはなぜでしょうか?

対患者さんだけでなく、スタッフ同士のコミュニケーション量も増加したからです。一人ひとりが、業務連絡やあいさつから一歩踏み込んだ会話をするようになりました。
すると、お互いへの理解が自然と深まって、結果的に仕事をしやすくなったようです。体調不良や業務上のトラブルといった異変にも、早い段階で気づきやすくなっていると感じています。


病院だけでなく、企業をはじめとした多くの組織が抱えている課題をクリアしたんですね。

コロナ禍になって対面で交流する機会が減り、人と人のつながりが薄くなっていると悩む組織は多いと聞きますね。でも、私たちはこころのタッチングを積極的に行ってきたことで、うまく関係づくりができていると感じています。
こころのタッチングは、簡単にできるうえに効果が高いことが魅力です。ぜひみなさんも、まずはあいさつや何気ない会話から少しずつ実践してください。


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